― 米国上場は、どのような選択肢として存在しているのか ―
この記事からわかること
- 日本企業が米国IPOを検討する際に直面する、上場形態の基本的な選択肢
- 米国子会社IPO、ADS(F-1)、De-SPACという主要な上場形態の構造的な違い
- 上場形態にかかわらず共通して求められる米国市場の規律
- 上場時の初期評価と中長期的な市場評価が必ずしも一致しない理由
- ― 米国上場は、どのような選択肢として存在しているのか ―
- この記事からわかること
- はじめに
- 1. 分析対象と前提条件
- 2. 日本企業が選択し得る主な米国上場形態
- 2.1 米国子会社または米国主体によるIPO
- 2.2 ADS(F-1)による上場(いわゆるADR/ADSスキーム)
- 2.3 De-SPACによる上場
- 3. 参考:日本企業(抜粋)の上場形態の整理(公開情報に基づく)
- 4. 上場形態にかかわらず共通して求められる市場規律
- 5. 初期評価と中長期評価の違い
- 本稿のまとめ
- 次回予告
- 【著者プロフィール】
はじめに
本記事は、前回公開した「米国IPO市場の最新動向と2026年の見通し」に続く位置づけとして、日本企業の視点から米国IPOを捉え直す連載シリーズの第1回です。
前回の記事では、米国IPO市場が2025年以降、徐々に回復基調に入り、2026年にかけて本格的な再始動が見込まれている点を、最新データおよび市場関係者の見解をもとに整理しました。一方で、市場環境の改善は、日本企業にとって米国上場が再び現実的な選択肢となりつつあることを意味する一方、過去の事例から学ばなければ、同様の課題を繰り返すリスクも内包しています。
本シリーズでは、日本から世界に挑戦する企業を応援する立場から、米国IPOの制度、市場規律、実務要件を、公開情報と客観的事実に基づいて整理します。本稿は米国上場を推奨することを目的とするものではありません。経営として米国IPOを検討する際に、事前に理解しておくべき構造と論点を提示することを目的としています。
その第一歩として本稿では、日本企業が選択し得る米国上場の形態を類型化し、それぞれの特徴と前提条件を整理します。上場形態の違いを理解することで、次回以降の回で取り上げる市場評価、情報開示、ガバナンスといった論点を読み解くための共通の土台を提供します。
1. 分析対象と前提条件
本シリーズでは、SEC提出書類、NASDAQ公表資料、各社IR情報などの公開情報に基づき、上場形態および上場時期について確認が取れる日本企業を分析対象としています。個別企業の成否や経営判断を評価することを目的とするものではありません。
本稿では、現時点で確認可能な10社を共通の分析対象として整理します。なお、社数の網羅性を主張するものではなく、今後の開示状況や市場環境の変化に応じて、対象範囲が変動する可能性があります。
2. 日本企業が選択し得る主な米国上場形態
2.1 米国子会社または米国主体によるIPO
日本企業が設立した米国子会社、または米国主体の法人を上場主体として、NASDAQ等にIPOを行う形態です。この場合、上場会社は米国の公開会社として位置付けられます。
主な特徴として、
- 米国会計基準(US-GAAP)およびSEC開示規則への完全な準拠が求められること
- ガバナンス、内部統制、監査体制を米国基準で設計する必要があること
が挙げられます。制度面での要求水準は高いものの、投資家にとっては構造が分かりやすく、理解がしやすいシンプルなパターンといえます。米国の投資家にとっても馴染みのある上場形態です。
2.2 ADS(F-1)による上場(いわゆるADR/ADSスキーム)
ADS(American Depositary Share)は、日本法人の株式を裏付けとして、米国市場で取引可能な証券を発行する仕組みです。F-1登録を通じてNASDAQ等に上場します。一般的にはADR(American Depositary Receipt)という呼称が用いられることもありますが、SEC提出書類等ではADSが正式な表現です。本稿では、実務上の正確性を優先し、以降は「ADS」に統一して記載します。
この形態の特徴として、
- 日本での事業基盤を維持しながら、米国投資家へのアクセスを確保できること
- 上場主体が日本法人である場合、意思決定や開示のタイミングに構造的な差が生じやすいこと
が挙げられます。また、米国側での取引量が限定的となり、流動性の確保が課題となるケースも見られます。
2.3 De-SPACによる上場
SPAC(Special Purpose Acquisition Company)との事業結合を通じて上場する形態です。既に上場しているSPACに対象会社を合併させることで、実質的に米国市場に上場します。
この形態では、
- 上場までの時間軸が比較的短いこと
- IPOとは異なる評価プロセスが採られること
といった特徴があります。一方で、事業結合後は通常の米国上場企業として、SEC規則や市場規律への対応が求められます。上場形態が異なっても、上場後の要求水準が緩和されるわけではありません。
3. 参考:日本企業(抜粋)の上場形態の整理(公開情報に基づく)
以下は、公開情報に基づき、上場形態および上場時期について確認が取れる日本企業の事例を抜粋し、整理したものです。本シリーズでは、これらの企業を共通の分析対象として取り扱います。
米国子会社または米国主体によるIPO
- くら寿司USA(KRUS):2019年8月にNASDAQへ上場。米国市場の規律に完全準拠した形で上場。
ADS(F-1)による上場
- MEDIROM Healthcare Technologies(MRM):2020年12月にNASDAQへ上場。
- Pixie Dust Technologies(PXDT):2023年にNASDAQへ上場。
- Yoshitsu(YOSH):2022年にNASDAQへ上場。
- Syla Technologies(SYT):2023年にNASDAQへ上場。
- HeartCore Enterprises(HTCR):2022年にNASDAQへ上場。
- Lead Real Estate(LRE):2023年にNASDAQへ上場。
De-SPACによる上場
- SBC Medical Group Holdings(SBC):2024年にDe-SPACを通じてNASDAQへ上場。
- AERWINS Technologies(AWIN):2023年にDe-SPACを通じて上場。
- Coincheck Group(CNCK):SPACとの事業結合を通じた米国上場計画を公表。SPAC案件の特性上、規制対応や市場環境により、実行時期や条件が変動する可能性があります。
※上記は、SEC提出書類、NASDAQ公表資料、各社IR等の公開情報に基づいて整理しています。
4. 上場形態にかかわらず共通して求められる市場規律
米国市場では、上場形態の違いにかかわらず、企業評価の前提となる市場規律は概ね共通しています。投資家が重視するのは、上場の形式そのものではなく、公開企業としての実行力と再現性です。
具体的には、
- 継続的かつ適時な情報開示
- 財務報告の透明性と数値の再現性
- ガバナンスおよび内部統制の実効性
といった点が、評価の基礎条件となります。
これらは、上場時点で一度満たせば足りるものではありません。米国市場では、四半期決算ごとの実績開示や投資家との対話を通じて、継続的に検証される前提条件として扱われます。上場形態の選択によって、これらの要求水準が緩和されることはなく、むしろ上場後の実務負荷や説明責任の現れ方に違いが生じるに過ぎません。
また、米国市場では、財務数値の正確性だけでなく、将来見通しと実績との差異に対する説明も重視されます。計画と結果が乖離した場合、その理由をどのように説明し、どのように軌道修正するのかが、経営としての信頼性を左右します。この点は、日本市場と比較しても、より厳格に問われる傾向があります。
したがって、米国IPOを検討する際には、上場形態の選択以上に、上場後の決算対応、IR体制、内部統制を含む運営体制が、米国市場の規律に耐え得るかどうかを、事前に検証しておくことが重要となります。
5. 初期評価と中長期評価の違い
本稿で用いる「初期評価」とは、IPOまたは上場直後に市場で形成される株価および、それに基づく時価総額を指します。これは、上場時点で市場が企業価値として織り込んだ仮説的な評価水準と位置付けることができます。
日本企業による米国IPOでは、日本発の技術やビジネスモデルに対する新規性への期待から、上場時点で一定の評価が付されるケースが見られます。しかし、この初期評価はあくまで出発点に過ぎません。米国市場では、上場後の四半期ごとの業績実績、開示内容の一貫性、株式の流動性などを通じて、その評価仮説が短期間で検証されていきます。
特に、時価総額や取引量が相対的に小さい企業においては、市場評価の修正が急速に進む傾向があります。業績の進捗や説明が市場の期待と一致しない場合、株価や流動性に直接的な影響が生じやすく、結果として上場維持基準への対応が経営上の論点として浮上することもあります。
このように、初期評価と中長期的な評価が一致しないこと自体は、米国市場において特異な現象ではありません。むしろ、上場後の実績を通じて評価が再構築されることが前提とされています。重要なのは、この再評価プロセスを想定した上で、上場前からどこまで体制整備と説明の準備ができているかという点です。
米国IPOは、上場の瞬間をゴールとするイベントではなく、上場後に始まる継続的な評価プロセスへの参加であるという認識が、経営判断として不可欠となります。
本稿のまとめ
本稿では、日本企業が米国IPOを検討する際に選択し得る上場形態を整理しました。どの形態を選択する場合であっても、米国市場における評価は、上場後の実行力と体制整備に基づいて行われます。
次回は、実際に米国上場を果たした日本企業の事例を基に、公募価格と上場後の市場評価の推移を客観的に整理します。過去の結果を確認することで、米国IPOにおいて何が評価され、どのような課題が生じやすいのかを分析します。
次回予告
次回は、こうした上場形態の違いを前提として、実際に米国上場を果たした日本企業が、上場後にどのような市場評価を受けてきたのかを、具体的な事例と数値を用いて整理します。
IPO時に織り込まれた期待と、上場後の株価推移、流動性、上場維持基準との関係を確認することで、米国IPOが「上場の瞬間」ではなく、「上場後の経営と説明責任」を起点とするプロセスであることを、客観的に見ていきます。
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※本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の投資行動や上場を推奨するものではありません。
【著者プロフィール】
著者:遊馬 健|USCPA / J-Nexia取締役
J-Nexia共同創業者 / USCPA(米国公認会計士)。
Deloitte US などで約15年間、米国にて監査・アドバイザリー業務に従事。
NASDAQ上場企業での勤務経験や、IPO / M&A を目指すテック企業支援を多数経験。

January 27, 2026 — J-Nexia株式会社
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